文部科学大臣のベストバウト
90年代の新日本プロレス黄金期を実体験した当時のプロレスファンから、
お祝いの言葉やら、激励のメッセージ等がネット上に散見されます。
そんな中で話題となっているひとつのトピックがこれ。
「プロレスラー・馳浩の最高試合 (ベストバウト) はどれだ!?」
というお題でございます。
プロレスファンならご存知のとおり、馳という選手は、
レスラーの中でも一際自己顕示欲が強い新日本プロレスというレスラー集団の中で、
珍しく 「一歩下がる」 ことを理解している貴重な存在でありました。
故に、平時は強さや上手さをPRできるのに、ここぞという大事な一戦では、
対戦相手の引き立て役に回ってしまう、損な役回りをこなしていたという印象が強いです。
スープレックスをはじめとするブリッジの美しさは当時の日本マット界ナンバーワンで、
いつでもどこでも平均点以上の試合をこなすのに、エースの座に着くには至りませんでした。
そんな 「有能すぎる社員」 であったからこそ、印象的な試合では 「負け」 が多く、
そのため、馳選手のベストバウトを選びにくいという事情があったりします。
オイラ的には、
・血ダルマにされた グレート・ムタ 戦
・最初で最後の 「裏STF」 披露となった 蝶野正洋 戦
・スタイナーズ・スクリュー・ドライバーの餌食となった東京ドームでのスタイナーズ兄弟 戦
・サンボとの異種格闘技戦となった ハビーリ・ビクタシェフ 戦
・巌流島での無観客試合となった タイガー・ジェット・シン 戦
・闘魂伝承試合となった アントニオ猪木 戦
・・・等の試合が脳裏に浮かびますが、やはり負け試合が多いですねえ。
そんな中、間違いなく馳選手が主役となった試合といえばコレでしょう!
1994年3月16日 両国国技館 WCWインターナショナル選手権試合
(王者) “ラビシング” リック・ルード vs (挑戦者) 馳 浩
堂々のシングルマッチでメインエベントに登場し、代名詞のノーザンライトで快勝!
晴れてヘビー級タイトル奪取と相成った試合です。
残念ながらユーチューブで映像は見つからず。
(翌週のリターンマッチ敗戦の映像はありましたが・苦笑)
ちなみにこの時の対戦相手の リック・ルード という選手がまたよかった。
恐らく昭和70~80年代の新日本では受け入れられなかったと思いますが、
プロレスファン気質が大らかになってきた90年代だからこそ輝いた名レスラー。
ケレン味たっぷりの、いかにも禍々しい、胡散臭さ満点の佇まいで、
アメリカン・ショーマンシップの権化のような芸風でした。
もし、対戦相手がアントニオ猪木だったら 「悪役外国人 vs 正義の日本人」
という日本マット界伝統の試合模様を演出していたでしょうが、
頭がスマートな馳選手は、嫌味には嫌味をとばかりにルードの芸風をパクッて、
逆にジャパニーズ・ショーマンシップで対抗したところに卓越したセンスを感じました。
馳の 「腰クネポーズ」 が全国区で認知されたのはこの試合だったはずです。
その ルード はすでに故人 (1999年没、享年40歳) となっていますが、
もし健在であったなら、まっ先に大臣就任の祝辞メッセージを贈っていたことでしょう。
馳大臣には、ルードの分までがむばって国政に邁進してもらいたいモンですっ!
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