「さりげなさ」こそがタモリの最大の凄さなのだ!

ちょっち古いネタだが、
故・赤塚不二夫 さんの葬儀において タモリ が読んだ弔辞について次のような報道があった。

ライブドアのニュース記事より無断転載
横澤彪のチャンネルGメン69】タモリに聞いた「赤塚弔辞」白紙のワケ
(2008年08月19日17時08分 / 提供:J-CASTテレビウォッチ)

「いいとも」 の技術スタッフのお通夜が先日あった。
そこでタモリに久しぶりに会った。

タモリは、「シェー」 などのギャグで知られる漫画家の赤塚不二夫さんの葬儀で弔辞を読み、
その内容が良かったとか、実は手にした紙は白紙で 「勧進帳」 だったのでは、と話題になっていた。
そこで聞いてみた。

すると、やはり白紙を手にした勧進帳だったのだそうだ。
タモリによると、紙に書いていこうと思っていたが、
前の日に酒を飲んで帰ったら面倒くさくなった。
「赤塚さんならギャグでいこう」 と白紙の紙を読む勧進帳でやることにしたそうだ。

弔辞は約8分にも及んだ。
「赤塚先生」 と呼び、そのマンガ作品との出会いから上京後に始まったつきあいを振り返った。

そして
「私はあなたに生前お世話になりながら、ひと言もお礼を言ったことがありません」
「しかしいまお礼を言わさしていただきます」
「私もあなたの数多くの作品のひとつです」
などと話した。

とても真面目で思いのこもった内容だった。

弔辞のニュースはテレビや新聞でも報じられ、
中には文字起こしした全文掲載をしたスポーツ紙もあった。
これをつまりもせずに話したのはすごいことだ。
しかも何も見ずに。
「しゃべる」 ということに関して、頭の構造が普通の人とは違うのだろう。

ところで、勧進帳のどこが 「ギャグ」 で 「落ち」 なのか。
タモリは言った。
「オレのマネージャーの名前がトガシ」。

勧進帳」 は、山伏姿の義経一行を関所から逃げのびさせるため、
弁慶が 「本物」 と思わせるよう白紙の勧進帳を読み上げるなどして危機を脱する話だ。
このとき関所の通過を許すのが富樫 (トガシ) 左衛門だ。

なるほど。

弁慶も シェーと驚く すごいワザ


▼さらにWikipediaで 「勧進帳」 を調べてみると次のように解説されている。

勧進帳 (かんじんちょう) とは、歌舞伎の演目の一つで、能の演目安宅を歌舞伎化したもの。
歌舞伎十八番の一つで、松羽目物の先駆けとなった作品である。
(中略)
あらすじ
源頼朝の怒りを買った源義経一行が、
北陸を通って奥州へ逃げる際の加賀国安宅の関 (石川県小松市) での物語。
義経一行は武蔵坊弁慶を先頭に山伏の姿で通り抜けようとする。
しかし、関守の富樫左衛門の元には既に義経一行が山伏姿であるという情報が届いていた。
焼失した東大寺再建のための勧進を行っていると弁慶が言うと、富樫は勧進帳を読んでみるよう命じる。
弁慶はたまたま持っていた巻物を勧進帳であるかのように装い、朗々と読み上げる (勧進帳読上げ) 。
なおも疑う富樫は山伏の心得や秘密の呪文について問い正すが、弁慶は淀みなく答える (山伏問答) 。
富樫は通行を許すが、部下の1人が義経に疑いをかけた。
弁慶は主君の義経を金剛杖で叩き、疑いを晴らす。
危機を脱出した一行に、富樫は失礼なことをした、と酒を進め、弁慶は舞を披露する (延年の舞) 。
踊りながら義経らを逃がし、弁慶は富樫に目礼し後を急ぎ追いかける (飛び六法) 。

古くは、富樫は、見事に欺かれた凡庸な男として演じられていた (?) が、
後に、弁慶の嘘を見破りながら、その心情を思い騙された振りをする好漢として演じられるようになった。
(後略)



今さらながら痛感するのは タモリ の雑学の豊かさ、
そして、アドリブで一世一代の弔辞の読み上げに臨むと言う度胸のよさ (アバウトさ?)
さらに、そのことを決して自慢せず、さらっと種明かしする 「さりげない凄さ」

いやはや、まったくもって恐れ入ります。

日常生活においても、エンターテイメントの世界においても、
この 「さりげない凄さ」 を体現できる人間が果たしてどれほどいるだろうか?

オイラなんかは、会社で上司が自慢話をし出した瞬間に緊張感が途切れるし、
アマチュアミュージシャンのライブでも、「昔、○○○賞を獲ったことがあります」 等の
自慢話MCが始まった途端にシラけてしまったりするクチなので、
今回のタモリ「能ある鷹は爪を隠す」 的パフォーマンスにはマジに感動した。

ある意味、この 「さりげない凄さの習得」 こそが、オイラのライフワークでもある。

さりげなく、凄い仕事をこなす。
さりげなく、凄い遊びをする。
さりげなく、人の輪に加わる。
さりげなく、人を愛する。
さりげなく、身を引く。

そんな立派な人間になれたらいいなあ~、と妄想する今日この頃でありますた。


最後に、かのタモリが、一切の原稿を見ずに述べたという弔辞全文を転載させていただきます。


弔辞


8月の2日にあなたの訃報に接しました。
6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。
われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。
あなたの今までになかった作品やその特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。

10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。
何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーで
ライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。
その時のことは、今でもはっきり覚えています。
赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。
この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。

終わって私のとこにやってきたあなたは
『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。
それまでは住む所がないから、私のマンションにいろ』
と、こういいました。
自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。
それにも度肝を抜かれました。
それから長い付き合いが始まりました。

しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、 深夜までどんちゃん騒ぎをし、
いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。
いろんなことを語ってくれました。
お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。
ほかのこともいろいろとあなたに学びました。

あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。
そして、仕事に生かしております。

赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。
マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。
あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。
その裏には強烈な反骨精神もありました。

あなたはすべての人を快く受け入れました。
そのためにだまされたことも数々あります。
金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。
しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。

あなたは私の父のようであり、兄のようであり、
そして時折みせる あの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。

あなたは生活すべてがギャグでした。
たこちゃん (たこ八郎さん) の葬儀のときに、大きく笑いながらも 目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、
出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては
『このやろう逝きやがった』 とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。
あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。
それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、 また時間は前後関係を断ち放たれて、
その時その場が異様に明るく感じられます。
この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。
すなわち 『これでいいのだ』 と。

いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。
軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。
どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。
最後になったのが京都五山送り火です。
あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、
あぐらをかいて、 肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。
そして私に 『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』 と言っているに違いありません。

あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。
私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。

私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。
それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う
他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。

あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。
しかし、今お礼を言わさせていただきます。

赤塚先生、本当にお世話になりました。
ありがとうございました。

私もあなたの数多くの作品の一つです。

合掌。平成20年8月7日、森田一義



やはりタモリは凄かった。

いちファンとして、
そしてアマチュアながらエンターテイメントに関わる一人の人間として、
心より尊敬しております。




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