カール・ゴッチ(その3)

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(昨日からの続き~「猪木は死ぬか!」より転載)

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「ピンパネールとゴッチとは違うよ」

前夜、猪木はレッド・ピンパネールにブレーン・バスター四連打を見舞ってフォールした。

「鋭い斬れ味だったな」
私は河野記者に言った。

大阪の街が夜に包まれ様としている。足早に家路に急ぐサラリーマンの波も今夜に限っては妙に生き生きして見える。

〈人間って、丸っきり自分本位なんだな〉

自分でも、弾む心が不思議に思える。

実力世界一決戦。

たった今、テーズが口にしたばかりのこの言葉が、私はひどく気に入っていた。
ひょっとすると、既存のタイトルとは別の権威が生じるかも知れない。

馬場が全日本プロレスを発足させてはいたが、力道山ゆかりのインター・ヘビー級のベルトがどうの、
大木がどうの坂口がどうのと、ひどく揺れ動いていた。
ベルトヘの権威も魅力も感じられなくなっていた時だ。
テーズのこの一言は、日本プロレス界にでっかいくさびを打ち込む予感がした。

今にして思えば、それは IWGP の前触れであったが、それが猪木の構想だとは知る由もなかった。
テーズの意思を猪木が受け、ゴッチが賛同した・・・どう考えても、そうとしか思えなかったからであった。

茶店は人いきれでムンムンしていた。
プロレスの試合があると、府立体育会館付近の喫茶店はいつも同じ色合いで埋まる。
これも不思議な気がした。

「しかし、力道山時代とは違うな。最近はひどくスマートになった。
何せ、あの頃は店構えもコーヒーを飲んでいる客もひどく野暮ったかった」

プロレスも田舎臭かった・・・そう思ったが口にはしなかった。
力道山を知らない若い記者に話をしても仕方がないというのではない。
過去の野暮ったさには触れたくないという虚栄心である。

それは、現在の猪木にも当てはまる。
古い話は御免だな、と猪木は語らない。
話をする時は、何時も笑いが伴った。
まず、真面目に話そうとはしないのである。

猪木にしても、あの頃の自分は嫌だ。
馬場に大きく差をつけられての追走。それをやっと五分に漕ぎつけたばかりだった。
まして、新日本プロレスを興し、TV中継をやっとの思いで取り付けて迎えたのがその夜の大阪決戦である。
猪木に現在と未来はあっても、死んだ過去は不用だった。

運ばれてきたコーヒーにせかせかと砂糖を放り込んで、河野が言った。

「やっぱりバック・ドロップでっせ。それも三連発か四連発。
もう見出しは出来たようなもんですな」

プロレス記者とは因果なものだ。
すぐ、結果を夢想する。
河野にしても、猪木の勝利を大技による派手な見出し付き、と決めてかかった。

相手はゴッチだ。
そうそう大技でもあるまいとは思われたが、何にしても、TV放映第一戦。
これまでの“常識”から言って、猪木が派手な大技で大向うを喩らすのは目に見えている。

「まあ、そういう事か・・・。しかし、ピンパネールとゴッチは違うさ」

私はもう一度、大して強くもないマスクマンを思った。

「しかしでんな。ゴッチはもう年ですワ。あんなのあきまへんで…」

「猪木はさっき、バック・ドロップはゴッチには通じない、と言ったぜ」

「そんな事おまへんわ。一発でんがな。TV、TVでっせ。それを忘れてもらったら困りまんなア」

河野は嬉しそうに笑った。
そんな予感めいたものが無いわけではない。

現在の猪木とゴッチの力関係から言って、対等だなどと言う積りはない。
それは鷹と鷲の関係に似て、どうしようもない猪木有利を教えた。

猪木は新日プロの社長なのである。
ゴッチが手を貸している事は確かだが、それを上回る力が猪木にはあった。

その夜のいぶし銀を私が見抜けなかったのは、この関係が頭から離れなかったことによる。
プロレス記者の哀しい宿命であった。

だが、手の内を知った二人の闘いである以上、目をむく様な大技が飛び交う筈はないとだけは読めていた。

〈しかし、TV中継なんだからな〉

どうも、この辺が弱々しい。

「まあ、ゴングが鳴って見れば分かるさ」

「テーズの記者会見でんな、実力世界一決戦という・・・。
あんなもん、どうしようもおまへんワ。
猪木がでんな、ゴッチに勝ちますやろ。
そこで、実力世界一は猪木や・・・と、こういう筋書きでんがな。
見え過ぎてますワ」

「そうではないだろう。
猪木にすれば、世界の名だたるタイトルから置いてけぼりだ。
それなら実力でベルトをかち取ろう、そう思って不思議はない。
ひょっとすると、これは猪木の差し金だぞ。
しかしだ。実力世界一決戦というのが面白い。
馬場や小林に挑戦状を叩きつけると豊さんも言ってる」

「ヘェ!そうでっか。それは面白いでんな。
まあ、猪木には勝てまへんやろ。猪木は強いワ」

試合前、記者やカメラマンがワイワイ話す風景は決まってこれであった。
話がプロレス以外の方向へ走り出し、とうとう戻って来なかった、という経験があまりない。
当時の私も現在の私も本質的には何ら変わっていないのだ。
猪木がニヤニヤしながら言う “仕事熱心” というやつなのである。


(To Be Continued)




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