平成時代の超名曲 「ハナミズキ」 の歌詞をアナライズする!


この曲、9・11テロをきっかけに誕生した反戦歌であることは周知の事実で、
その辺のバックボーンについては、ネット検索すれば死ぬほどヒットするので割愛させていただこう。
本ブログではその見事なまでに美しい詩の世界について
オレなりの解釈を述べさせていただきたいと思いまする。
ちなみに作詞は一青窈ご本人でござい。
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空を押し上げて手を伸ばす君 5月のこと
どうか来て欲しい 水際まで来て欲しい
つぼみをあげよう 庭のハナミズキ
薄紅色のかわいい君のね
果てない夢がちゃんと終わりますように
君と好きな人が百年続きますように
夏は暑すぎて 僕から気持ちは重すぎて
一緒に渡るには きっと船は沈んじゃう
どうぞ行きなさい お先に行きなさい
僕の我慢がいつか実を結び
果てない波がちゃんと止まりますように
君と好きな人が百年続きますように
ひらり蝶々を追いかけて 白い帆をあげて
母の日になれば ミズキの葉 贈ってください
待たなくてもいいよ 知らなくてもいいよ
薄紅色のかわいい君のね
果てない夢がちゃんと終わりますように
君と好きな人が百年続きますように
僕の我慢がいつか実を結び
果てない波がちゃんと止まりますように
君と好きな人が百年続きますように
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全体の歌詞をざっと見渡して、はて、この詩は誰が誰に送ったメッセージなのか、
まずはこの解釈が最初の分かれ道となる。
ネット検索すると、まあ人によって色々な解釈が存在することにビックリするが、
それだけこの曲の詩の世界が 「曖昧」 であることの裏返しと言えるかも。
正直言うと、オレもこの曲が9・11テロをきっかけに作られたということを知るまでは、
単にメロディの綺麗なやさしく美しい日本語の曲、程度の認識しかなかったが、
バックボーンを知った途端に、この曲の持つ壮大なメッセージを認識することができた。
この曲は反戦歌である。
戦争反対、そんなことは誰だってわかる。
だが、そんな抽象的な言葉ではいつまで経っても争いはなくならない。
所詮、戦争は国家間の争いなので、個人レベルの努力ではどうしようもないことなのか?
このヒジョーに難しい宿題に対する一青窈の回答は、ズバリ「親子愛」。
くどいようだが、以下はあくまでオレの個人的な見解でやる。
この曲は両親から子どもへのメッセージソング。
1番では母から子へ、2番では父から子へ、そして3番では両親から子へ、
世界共通である親子間の「無償の愛」が綴られている。
まずは1番のサビの歌詞に注目。
(君の)果てない夢がちゃんと終わりますように
普通、「夢」は「かなえる」もので「終わる」と表現することはない。
「終わる」とは一体、何を意味しているのか?
オレ的解釈としては、母が幼い我が子に対し、
「この子が、将来、見果てぬ夢をかなえ、無事に一生を終えることができますように。」
「不慮の事故や災難、そして戦争などで命を落とすような悔いの残る一生を送ることがありませんように。」
という純粋な 「平和への祈り」 を込めたセンテンスだと確信している。
さらに、この曲のイメージが凝縮されている問題の一節。
君と好きな人が百年続きますように
ハッキリ言って日本語的におかしい。つーか、省略しすぎ。
だが、この 「省略するセンス」 がとてつもなく素晴らしい!
正しくは
「君と君の好きな人たちとの好ましい関係が一生にわたって続きますように」
だと思うのだが、この回りくどい言い回しをここまで短くするセンスが素晴らしい!
さらに 「一生」 と言わずに 「百年」 と形容するセンスも素晴らしすぎるっ!!!
ある意味では、作詞の歴史の中における「一大発明」と呼んでもいいのではないか?
続いて2番のサビ。
僕の我慢がいつか実を結び 果てない波がちゃんと止まりますように
「我慢」 とは本来、受身でネガティブな印象を受ける言葉であり、
一般ピープルの作詞能力なら 「僕の努力がいつか実を結び」 としてしまうところを、
「これしかない」 とばかりに 「我慢」 という言葉を選んだセンスが実に見事!
では「我慢」とは何を指しているのか?
その答えは次の文節に綴られている。
「果てない波」 とは、ズバリ 「憎しみの連鎖」 のこと。
アルカイダがアメリカにテロを仕掛け、アメリカはその報復にフセインを処刑する…
そんな 「憎しみの連鎖」 を断つためには、
世界中の個人個人が 「ポジティブな我慢」 をすることが大切なんだ。
戦争は国家間の問題だから、いち個人の努力など無駄…、などと言わず、
一人ひとりができることから始めよう!
そんな願いを込めて 「僕の我慢が実を結び」 と言う、実に壮大なメッセージ性を持つ、
素晴らしい一文が誕生した、と、少なくともオレだけは固くそう信じている。
蛇足だが、オイラの座右の銘は、田中角栄のこの一言。
「文句を言うな! 改善案を出せ!」
愚痴や批判だけなら小学生にだってできる。
大事なのは、問題となっている事象を解決するために、具体的に何をなすべきかを考え、
計画を立案し、それを実行する 「行動力」 である。
この 「ハナミズキ」 はそこいらの反戦歌にありがちな、
みんなで仲良くラララララ~、戦争反対、平和バンザイ、隣人を愛せよ、
などと言った抽象的な絵空事ではなく、
具体的な 「改善策」 を提案しているところがゴイスなのだ!
ヒトはどうしても他人を憎んでしまう、どうしようもない動物であることを認識した上での
「僕の我慢がいつか実を結び」 なのだ!
我が子が大事無く一生を過すためなら、ボクは喜んで犠牲になる。
そんな父の決意が、この短い一節に凝縮されていると確信しています。
オイラの結論的解釈は
「子どもたちには争いごとのない平和な未来を送って欲しい。
そのためには私たち大人の一人ひとりができることから始めましょう。
すべての人を愛するなんて無理なことだけど
せめて“憎しみの連鎖”だけはあなたのところで止めて下さい。
辛いし悔しいしやるせないとは思いますが
耐え忍ぶことだって立派な勇気です。」
と言うところでやる。
もういっちょ、 「反戦歌のメッセージ性」 とは異なる観点からもう一箇所ピックアップしてみよう。
薄紅色のかわいい君のね
1番のサビのアタマに出てくる実にさりげない一節。
幼い我が子の頬の色をハナミズキの花の色になぞらえるお洒落な形容詞の後には、
「かわいい君のね」 と言う、実に日本語チックな一節が登場する。
ハッキリ言って最後の 「ね」 は、メロディラインの観点から見たら 「字余り」 のはず。
ボーカリスト・一青窈にとって、この 「ね」 を加えることで、若干歌いにくくなったものと推察する。
だが、そんなデメリットを差し引いても
数十倍のお釣りが来るほどのメリットが、この 「ね」 に詰まっている。
この 「ね」 が入る、入らないだけで、
「母親の我が子に対する愛情」 の深さを表現する度合いが格段に違ってくる。
たった一文字、「ね」 が入るだけで、母と子の微笑ましい情景が想像できてしまう、
絶大な妄想効果(?)をもたらしているではないか!
これこそまさに 「曖昧な日本語の美しさ」 の極みだと思うがどーよ?
前述の 「君と好きな人が百年続きますように」 「僕の我慢がいつか実を結び」 同様、
一青窈の一大発明だと思っとります。
…なんか、あまりに大好きな曲なので、興奮のままにつらつらと書きなぐってしまったが、
「ハナミズキ」 は上記以外のAメロ、Bメロにも実に秀逸な表現の詩が詰まっているので、
興味を持たれた方は、それぞれの感性で 「解釈」 していただきたい。
最後に 「ハナミズキ」 から得た、オレなりの作詞術と言うか、ヒントをまとめてみよう。
・いかに無駄な文節を省略するか
・主語や目的語を省略すると効果的な「曖昧な日本語」を作りやすい
・感情を表す言葉(うれしい、悲しい、等)を使わずに感情を表現する技術を磨くべし
・問題提起するからには自分の考える改善案も述べるべし
・直接的な愚痴や批判の表現は厳禁である
いかがだったでしょう?
自分勝手な解釈が多々あるとは思いますが、
オレにとっての 「ハナミズキ」 は今日のブログのとおりでありやす。
「そこの解釈はおかしい」、「私はこう解釈した」などのコメントをいただけるとありがてっす。
よしなに。
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